の水が、ざわざわと云う単調な響をさしていた。常七はもう客もないらしいから寝ようと思いながら、藁を縦縄《たたなわ》から縦縄に通していた。
「渡船《わたし》……」
前岸《かわむこう》になった西の堤から大きな声が聞えて来た。常七は草鞋の手を止めた。
「渡船……」
また大きな声が聞えて来た。
「お――い」
常七はその声に釣り込まれて返事をしながら、
「このおそいのに、面倒な奴じゃ」
常七はのっそりと起ちあがって外へ出た。暗い晩で、川の水が処々鉛色に重《おも》光りがして見えた。石を重りにして磧へ着けてあった渡舟の傍へ往くと、常七は踞《かが》んで重りの石を持って舟へ乗り、それから水棹《さお》を張った。
「渡船……」
三度目の声が鼓膜を慄わして響いた。
「お――い」
舟は中流へ出た。常七は水棹を櫓に代えて斜に流れを切って舟をやった。舟はむこうの水際へ往った。舟底が磧の石にじゃりじやりと音をさした。常七は艫へ立って水棹を突張って客の来るのを待っていた。
「舟の用意はいいか」
何処からともなしに云った。常七はその威に打たれて、
「よろしゅうございます」
と云った。数人の人が舟へ乗り移るよ
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