うな物の気配がして舟が重くなったが、別に人の姿は見えなかった。常七は己《じぶん》の眼の故意《せい》ではないかと思って舟の中を見直した。それでも物の影はなかった。
「急いでむこうの岸へ渡せ」
直ぐ傍で声がしたが、やっぱり物の影も見えない。常七は水棹を持った手をわなわなと慄わした。そして、夢中になって舟を出した。
「これは、蓮池左京殿でござるぞ、不義奸侫の奴ばらに、眼にもの見せんと大高坂へお越になるところじゃ、今にその方達の耳へも、不思議なことが聞えて来るが、その方達にはお咎めがないから、恐れをことはない、帰りにもこの舟に召されるぞ」
舟は何時の間にか東の岸へ着いていた。常七は気がつくと舟を飛びおりて渡船《わたし》小屋へ駈け込んだ。
親実はじめ八人の死は、非常に人の同情を惹いた。それと共に親実の小高坂《こだかさ》の邸や木塚村の墓所には、怪しい火が燃えたり、弾丸のような火の玉が飛んで、それに当った人は即死する者もあれば、病気になる者もあった。これは八人の怨霊であると云いだした。八人御先、この恐ろしい八人の怨霊の噂は、大高坂を中心にして昂まって来た。仁淀川の渡守の見た奇怪も聞えて来た。
前へ
次へ
全23ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング