があった。
「土居殿、わしは草疲《くた》れたから休息する、ずいぶん働きなされ」
市右衛門はこう云って刀を引いて後へ退った。次郎兵衛と勝行の二人は人|交《まぜ》もせずに斬り結んだ。双方とも手傷が多くなって来た。市右衛門は次郎兵衛の後へそっと往ってその両足へ斬りつけた。次郎兵衛は仰向けに倒れた。倒れながら、
「おのれに出し抜かれたか」
と、云って脇差を手裏剣にして、市右衛門を目掛けて投げつけた。脇差は市右衛門の小腹を貫いた。勝行は次郎兵衛の首を執ることができた。
次郎兵衛の墓は、蓮池城の東南麓の畑の中にある。其処には元の次郎兵衛の邸宅を思わすような、千頭《ちかみ》という素封家の邸がある。小さな丘の蓮池城、其処には今でも城の兵糧であった焼米が出るとのことであった。大正九年八月、私はその蓮池城址に登って、その林の中で紅色をした大きな木の子を見つけて、それを採り、其処からおりて、畑の中で村の人がしょうがさま[#「しょうがさま」に傍点]と云っているその次郎兵衛の墓を見た。
渡守の常七は、渡船《わたし》小屋のなかで火を焚きながら草鞋を造っていた。静な晩で、小屋の前《さき》を流れている仁淀川
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