う云って女は涙を見せた。新三郎はそれがいじらしかった。
「それでは私が秦泉寺へ送って進ぜよう」
「それは有難うございますが、遠い処を、そんなことをしていただきましては済みません」
「何、今晩は別に用事もないから、送って進ぜよう」
「では、お詞《ことば》に甘えますが」
女はこう云ってまた何か困ったような顔をしながら脚下に眼を落した。
「それに、馴れぬ夜路をいたしまして、足を傷めて困っております」
新三郎は負うて往ってやろうと思った。
「そんなことなら、負うて進ぜよう」
女は恥かしそうにして笑った。その笑い方が如何にも濃艶であった。新三郎は直ぐ其処へ踞んだ。
「さあ、遠慮なさらずに」
香《におい》のあるような身体がふわりと背に寄りかかった。新三郎は起って軽々と歩いた。
半丁ばかりも往くと、新三郎の背には大盤石が乗ったようになって動けなくなった。新三郎は驚いて後を見た。背の上には恐ろしい鬼の顔があった。長い二本の角に月の光がかかっていた。
「おのれ、妖怪」
新三郎は突然怪しいものを投げ落そうとした。と、新三郎の首筋に大きな手がかかって、その体は宙に浮きあがった。豪胆な薪三郎は腰の
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