(もしや、妖怪ではないか)
新三郎は注意したが、別に怪しいそぶりもなかった。ただしょんぼりと立っている容《さま》が、如何にも何か思案に余ることがあって、非常に困っているようであるから傍へ往って声をかけた。
「この夜更けに、壮《わか》い女子《おなご》の方が、一人で何をなされておられる」
見ると立派な服装《なり》をしていた。女は恐ろしそうに新三郎の顔を見たままで何も云わなかった。
「私は五月新三郎と申す[#「申す」は底本では「中す」と誤植]者で、決して怪しい者ではない」
「私は秦泉寺《じんせんじ》の者でございますが、去年国沢へ縁附きましたところが、夫には他に女子《おなご》が出来て捨てられましたから、淵川へなりと身を投げて死のうと思いましたが、秦泉寺には一人の母がございまして、私に万一《もしも》のことでもありますと、母がどんなに嘆くであろうと思いますと、死にもならず、兎に角秦泉寺へ参りまして、母に一目逢うたうえでと思いまして、夕方に国沢を抜け出しましたが、追手が恐ろしゅうございますから、廻り道をして往こうと思いまして、此処へまで来たものの、恐ろしくて、困っておるところでございます」
こ
前へ
次へ
全23ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング