のある声の主をぢつと見た。それは安松といふ仲間であつた。
「千吉か、」
「大変だつせ、有馬も、峰本も、皆な縛られましたがな、美風団に手が入りましたがな、」
「さうか、」
「早く逃げるが宜しうまつせ、」
 清はとかとかと一人になつて歩いた、空には灰色の雲が流れて、荒い風が吹いてゐた。清はその風の吹く方へと歩いて行つた。
 暗い横町がすぐ尽きて、電車通りになつた。一台の電車が右の方から音を立てゝ走つて来て、眼の前へと停まつた。清はその電車が何処行の電車であるといふことも、それから又自分は何処へ行かうといふことも考へずに、いきなりそれに飛び乗つた。そして、早く刑事の眼の届かない所へ行きたいと思つた。
 電車が動きだすと、清はほつとした。しかし、それは一瞬時のことで、すぐ車の中の人が気になりだした。彼はすばしこく眼を使つて、一種の型を持つた容貌の者をその中から見出さうとした。
 乗客は可成の人数で、十人ばかりの者は立つて釣革にすがつてゐた。清は先づ立つてゐる者からはじめて、次は自分の方の側に腰をかけてゐるものを見、それから向ふ側にゐる者を覗いた。それは殆んど電光のやうな早さであつた。
 色の青
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