、何人かゞ此方の方へ曲つて来ようとした。
(来た、)
安三がいつた時には、もう女から離れて逃げようとしてゐた。
(財布がありまつせ、)
安三の声に気が注いて、離れようとした女の懐に手をやると、蟇口らしい物がすぐ手に触れた。で、それを掴むなり走つたが、走つてゐる内に安三と別れ別れになり、一人下宿へ帰つて、赤い衣でこしらへたその蟇口を開けてみると、三十円に近い金が這入つてゐた。……
しかし清は、安三が幾等何んといつたところで、金の有無を知らう筈がないと思つてゐるので、気が強い。
「しつこい奴だな、好いかげんにしろ、君は俺がごまかしてるとでも思つてるのか、何か証拠でもあるのか、」
「証拠はありやへん、あたいは見てへんから、」
「見てゐないに、君は怪しからんことをいふぢやないか、」
「ヘツ、ヘツ、ヘツ、ヘツ、」
「馬鹿、人が笑つてるぜ、」
清は背後の食卓にゐる洋服を着た会社員ふうの男が、此方を見て笑つてゐるのに気が注いた、其処には白粉をこて/\塗つた顔の平べつたい女中がゐて酌をしてゐた。
「あたい何もいひたい事ありやへんがな、あんたがけたいな事をいふよつて、笑つとりまうがな、」
「もう
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