ツ、ヘツ、」
「しやうのない奴だな、ぢや何をくれといふんだ、」
「野猪貰ひまほか、」
「まだあんなことをいつてる、野猪も鹿もあるもんかね、パスだよ、パスといつてるぢやないか、煩さいな、」
「煩さいというたかて、あたい黙りまへんぜ、あんたが野猪くれるまで、」
清の頭に昨夜の光景が映つた。それは電車からおりた女をつけて行つて、露次の内で押へつけたことであつた。
(声を出したら殺してしまふぞ、これを持つてるぞ)
懐ろにしてゐた短刀を鞘ぐるみ出して、それを女の右の手先に触はらした。女は脊のすつきりした体を壁に寄せかけて、切れの長い大きな眼を暗い中におど/\さしてゐた。と、一緒にゐた安三が、女のかけてゐた灰色に見えるシヨールを引奪つて、その端を女の口に持つて行つた。
(声を立てたら命がないがな、おまはん好い子やから、黙つとりなはれ、)
女は少しも抵抗しなかつた。
(よし、静かにしてゐるなら俺達も乱暴はしやしない、)[#「)」は底本では「」」]
春先のやうな暖かな晩であつた。その露次はすぐ先が行き詰りのやうになつてゐて右に折れ曲り見附には長屋の横手の壁らしい物があつた。
下駄の音が聞えて
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