これを取らした。七郎ははじめて受けて母の所へいったが、すぐ引返して来て金をかえした。武はどうかして取らそうとして三、四回も強《し》いた。七郎の母親がよろよろと入って来て、怒った顔をしていった。
「これは私の一人しかない悴です。お客さんに御奉公《ごほうこう》さしたくはありませんよ。」
 武は慚《は》じて帰って来た。帰る道でいろいろと考えてみたが、七郎の母親のいった言葉の意味がはっきりと解らなかった。ちょうど伴《つ》れていった下男が家の後で、七郎の母親の言葉を聞いていてそれを武に知らした。それははじめ七郎が金を持っていって母にいうと、母は私が公子を見るに暗い筋があるから、きっと不思議な災難に罹《かか》る。人から聞くに、知遇を受けた者はその人の憂いを分けあい、恩を受けた者は人の難に赴《おもむ》かなくてはならない。金持ちは恩返しをするに金で恩返しをし、賃乏人は恩返しをするに義で恩返しをする。故《わけ》のないのにたくさんな贈物をもらうのは善いことではない。これはお前から命をなげすてて恩返しをしてもらおうとしているのだろうといった。
 武はそれを聞いて、ひどく七郎の母親の賢明なことに感じ入った。そ
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