はうやうやしく田七郎の家へ逢いにいって、馬の鞭で門をうった。間もなく一人の若い男が出て来た。年は二十余りであった。目の鋭い腰の細い、あぶらぎった帽《ぼうし》と着物を着て、黒い前垂《まえだれ》をしていたが、その破れは所どころ白い布でつぎはぎしてあった。若い男は手を額のあたりで組みあわして、どこから来たかと訊いた。武は自分の姓を名乗って、そのうえ途中で気持ちが悪くなったから暫時《しばらく》やすましてくれとこしらえごとをいって、それから七郎のことを訊いてみた。すると若い男は、
「私が七郎だ。」
 といって、とうとう武を家の内へ案内した。それは破れた数本の椽《たるき》のある小家で、崩《くず》れ堕《お》ちようとしている壁を木の股で支えてあるのが見えた。そこに小さな室があった。そこには虎の皮と狼の皮があって、それを柱に懸《か》けたり敷いたりしてあったが、他に坐るような腰掛も榻《ねだい》もなかった。
 武が腰をおろそうとすると七郎は虎の皮を敷いて席をかまえた。武はそこで七郎と話したが、言葉が質朴であったからひどく喜んで、急いで金を出して生計《くらし》をたすけようとした。七郎は受けなかった。武は強いて
前へ 次へ
全15ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング