勤めとやらを」
「え、それは」
「これと云うのも貧がさすわざ、父《とと》さんが二人に隠して、観音さまの地内で袖乞をしておられるから、わたしも辻君になってはおるものの、肌身までは汚しておらぬ」
「それはわたしも同じこと、恥かしい勤めはしても、肌身までは汚しませぬ。それにこんなことをしていたばかりに、今晩与茂七さんに逢うて、同伴《いっしょ》に来る道で、与茂七さんにはぐれたから、それを探しに」
「わたしも父《とと》さんがあまり遅いから、それが気がかりで」
其の時お岩は地べたで何か見つけた。
「おまえの傍に、それ血が」
お袖は提燈をかざした。其の燈《あかり》でお岩は左門の死体、お袖は庄三郎の死体を見つけた。
「あ、たいへん、こりゃ父《とと》さん」
「こりゃ与茂七さん」
お岩は左門の死体に、お袖は与茂七の死体にすがりついて泣いた。祠の陰から此の容子を見ていた伊右衛門と直助が、わざとらしく跫音を大きくして出て来た。
「女の泣声がする、ただ事ではないぞ」伊右衛門はそう云いお岩の傍へ往って、「おまえは、お岩じゃないか」
お岩は顔をあげた。
「あ、おまえは伊右衛門さん」
直助はお袖の傍へ往った
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