。
「此方《こっち》にいるのはお袖さんか」
お袖は泣きじゃくりしていた。
「父《とと》さんと同じ所で、此のように」
お岩とお袖は悲しみのあまり自害しようとした。伊右衛門は芝居がかりであった。
「うろたえもの、今姉妹が自害して、親、所天《おっと》の讐《かたき》を何人《たれ》が打つ」
お岩はそこできっとなった。
「それでは、別れた夫婦仲《みょうとなか》でも、讐うちのたよりになってくださりますか」
伊右衛門はお岩を己《じぶん》の有《もの》にできるので心でほくそ笑んだ。
「別れておっても、去り状はやってないから、やっぱり夫婦、舅殿《しゅうとどの》の讐も打たし、妹婿の讐も打たす」
直助はお袖を云いくるめた。
「こうなるからは、是非ともおまえの力になる」
四
雑司ヶ谷《ぞうしがや》の民谷伊右衛門の家では、伊右衛門が内職の提燈を貼りながら按摩の宅悦と話していた。其の話はお岩の産《さん》の手伝に雇入れた小平《こへい》と云う小厮《こもの》が民谷家の家伝のソウセイキと云う薬を窃《ぬす》んで逃げたことであった。其の時|屏風《びょうぶ》の中から手が鳴った。宅悦は腰をあげた。
「は
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