い、はい、お薬でござりますか」
宅悦が屏風の中へ入って往くと、伊右衛門は舌打ちした。
「此のなけなし[#「なけなし」に傍点]の中へ、餓鬼《がき》まで産むとは気のきかねえ、これだから素人の女房は困る」
宅悦は屏風の中から出て七輪へ薬の土瓶をかけて煽《あお》ぎだした。伊右衛門はにがにがしい顔をした。
「お岩の薬か、生れ子の薬か」
「これは、お岩さまのでござります」
其の時|秋山長兵衛《あきやまちょうべえ》が走るように入って来た。
「民谷氏、小平めをつかまえましたぞ、窃《と》って逃げた薬は、これに」
「これは忝《かたじけ》ない」伊右衛門は貼りかけていた提燈を投げ棄てるようにして、長兵衛から小風呂敷の包みをもらい「して、小平めは」
其処へ関口官蔵《せきぐちかんぞう》と中間《ちゅうげん》の伴助《はんすけ》が、小平をぐるぐる巻きにして入って来た。宅悦は小平を口入した責任があった。
「てめえ故に、な、おれまでが、難儀しておるぞ」
伊右衛門は惨忍なことを考えていた。小平ははらはらしていた。
「どうぞ、おゆるしなされてくださりませ」
「ならん、たわけめ、素首《そっくび》を打ち落とす奴《やつ》だ
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