士権現《ふじごんげん》の前へ往った。祠《ほこら》の影から頬冠《ほおかむり》した男がそっと出て来て、庄三郎に覘《ねら》い寄り、手にしている出刃で横腹を刳《えぐ》った。
「与茂七、恋の仇じゃ、思い知ったか」
 頬冠の男は直助であった。直助は『藪の内』と書いた提燈を目あてにしていたので、庄三郎を与茂七とのみ思いこんでいた。
「これでもか、これでもか」
 惨忍《ざんにん》な直助は庄三郎を斬《き》りさいなんだ。
「これでいい、これでいい」
 直助は思いだして出刃を傍の垣根の中へ投げすてた。と、跫音《あしおと》がいりみだれて駈けだして来る者があった。直助はあわてて傍へ身を隠した。それは四谷左門と伊右衛門の二人が、斬りあいながら来たところであった。伊右衛門は途中で左門に逢ったので、お岩を返してくれと頼んだが、左門が承知しないので左門を殺そうとしていた。
「おのれ、老ぼれ」
「おのれ、悪人」
 左門は斬られて血みどろになっていた。伊右衛門が追いすがってまた一刀をあびせた。左門は倒れてしまった。伊右衛門はそれに止めをさした。
「強情ぬかした老ぼれめ、刀の錆《さび》は自業自得だ」
 其の時傍の闇から直助が
前へ 次へ
全39ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング