「お客さんだよ」
お色はお袖を他の室へ伴れて往った。
「おとなしいお客さんだから、大事にしておやりよ」
お色は其のまま往ってしまった。お袖はちょっと考えていたが、思いきって障子を開けて入った。
「お休みになりまして」
客がもそりと体を動かした。
「一人で寝るくらいなら、こんな処へ来るものか、此方《こっち》へよんなよ」
お袖は寄らなかった。
「お願いがございます」
「なんだ」
「わたしの家は、もと武家でございましたが、容子《ようす》あって父が浪人いたしまして」
お袖は真実《ほんと》と嘘《うそ》をごっちゃにして、客の同情に訴えて、関係しないで金をもらっていた。
「そう聞けば、気のどくだが、親のために花魁《おいらん》になる者もある。それとも許婚《いいなずけ》でもあるのか」
「いえ、そう云うわけでも」
「そんなら何もいいじゃねえか」
客の手がお袖に来た。
「あれ」
お袖は思わず飛びのいた。其のはずみに行燈にかけてあった風呂敷がぱらりと落ちた。同時に二人が声をたてた。
「やあ、そちは女房」
「おまえは、与茂七《よもしち》さん」
客はお袖の許婚の佐藤《さとう》与茂七であった。与茂
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