したか。皆《みんな》がいますぞ、いますぞ」
 伊右衛門ははっと思って眼をあけた。伊右衛門はお岩の亡霊に悩まされるので、蛇山《へびやま》の庵室《あんしつ》に籠《こも》って、浄念《じょうねん》と云う坊主に祈祷《きとう》してもらっているところであった。
 外には雪が降っていた。伊右衛門は行燈に燈を入れ、それから門口の流れ灌頂《かんじょう》の傍へ往って手桶の水をかけた。
「産後に死んだ女房子の、せめて未来を」
 するとかけた水が心火《しんか》になって燃え、其の中からお岩の嬰児《あかんぼ》を抱いた姿があらわれた。
 伊右衛門は驚いて庵室の内に入った。中にはさっき狂乱して引きちぎった紙帳《しちょう》がばらばらになっていた。お岩の亡霊も跟《つ》いて入って来た。伊右衛門はふるえあがった。
「お岩、もういいかげんに成仏《じょうぶつ》してくれ」
 と、お岩がゆらゆらと寄って来て、抱いていた嬰児を伊右衛門の前へさし出した。
「死んだと思ったら、それでは其方《そち》が育てていたのか」
 伊右衛門はうれしそうにその嬰児をお岩の手から執った。同時にたくさんの鼠が出た。伊右衛門は驚いたひょうしに抱いていた嬰児を執り
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