て鷹を見た。
「此処におります」
 長兵衛は驚いた。
「いや、こいつは妙々《みょうみょう》」
 伊右衛門は長兵衛の知せによって中へ入り、やがて腰の瓢箪《ひょうたん》の酒を出して飲みだした。伊右衛門は娘に惹《ひ》きつけられた。
「そなたの名は」
 其の時一枚の短冊が風に吹かれてひらひらと飛んで来た。娘はそれを執《と》って、
「わたしの名はこれでござります」
 と云ってさしだした。それには、「瀬をはやみ岩にせかるる瀧川の」と百人一首の歌が書いてあった。伊右衛門は頸《くび》をかたむけた。
「これが其方《そち》の名とは」
「岩にせかるる其の岩が、私の名でござります」
 伊右衛門はやがて娘を自由にして帰ろうとした。と、娘がその袖を控えたがその娘の顔はお岩の顔であった。
「あ」
 伊右衛門は飛びあがった。同時に伊右衛門の手にしていた鷹が大きな鼠になって伊右衛門に飛びかかって来た。
「さてこそ執念」
 伊右衛門は刀を抜いた。そして、無茶苦茶になって其の辺《あたり》を斬《き》りはらっているうちに、彼《か》の糸車が青い火の玉になってぐるぐると廻りだした。

       一二

「これこれ、またおこりま
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