「おまえだって、こんな処へ来る世の中じゃないか、そんな事を云うものじゃねえやな」
直助はお袖の肩へ手をかけた。
「ええもう知らないよ」
お袖は其の手を揮《ふ》りはなして引込んで往った。直助は苦笑した。
「あんなに強情な女もないものだ」
二
宅悦《たくえつ》の家では、藤八五文の直助が、奥まった室《へや》でいらいらしていた。直助はお袖の朋輩から、お袖が宅悦の家で地獄かせぎをしていると云うことを聞いて、金で自由にできることならと思って来ているところであった。其処には行燈《あんどん》はあるが、上から風呂敷をかけてあるので、室の中は真暗であった。
「ぜんたい、どうしたのだ」
其処へお袖が入ってきた。
「おう来たのか、来たのか」
お袖は手さぐりで直助の傍へ寄って往った。
「待ちかねたよ、お袖さん」
「え」
お袖は其処ではお紋《もん》と云うことにしていたので驚いた。
「驚くこたあねえよ、おれだよ」
お袖は其の声で初めて直助と云うことを知った。
「まあおまえは」
お袖はいきなり起《た》って障子を開けて逃げた。直助は追っかけた。
「まあ、まあ、お袖さん」
直助はお袖の
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