た。
「こいつ出すぎた女め、そのままにはさしおかぬぞ」
 傍へ来ていた藤八五文《とうはちごもん》の薬売の直助《なおすけ》が中に入った。
「まあ、まあ、どうしたものだ、そんな愛嬌《あいきょう》のない」それから尾扇に、「これは昨日雇われたばかりで、楊枝の値段もろくに判らねえ女でございます、どうかお気にささえないで」
 喜兵衛は尾扇を抑《おさ》えた。
「打っちゃって置くがいい、参詣のさまたげになる」
 喜兵衛はお梅たちを促《うなが》して往ってしまった。直助は其の後でお袖にからんだ。
「お袖さん、大事の体じゃないか、つまらんことを云ってはならんよ。それにしても考えてみれば、四谷左門の娘御が、楊枝店の雇女になるなんどは、これも時世時節《ときよじせつ》と諦《あきら》めるか。申しお袖さん、おめえもまんざら知らぬこともあるまい、いっそおれの情婦《いろ》になり女房になり、なってくれる気はないか」
 直助はお袖に寄りそうた。お袖はむっとした。
「奥田将監《おくだしょうげん》さまは、わたしの父の左門と同じ格式、其の将監さまの小厮《こもの》であったおまえが、わたしをとらえて、なんと云うことだ、ああ嫌らしい」

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