ちゅう》の四谷左門《よつやさもん》の娘のお岩《いわ》となれあいで同棲《いっしょ》になっていたが、主家の金を横領したので、お岩が妊娠しているにもかかわらず、左門のために二人の仲をさかれていた。乳母のお槇はお梅の母親のお弓《ゆみ》から楊枝《ようじ》を買うことを云いつけられていた。
「お楊枝を買うことを忘れておりました、お慰みに御覧あそばしませぬか」
 お槇はお梅をはじめ一行を誘って楊枝店へ往った。楊枝店には前日から雇われている四谷左門の養女のお袖《そで》が浴衣《ゆかた》を着て楊枝を削っていた。喜兵衛が声をかけた。
「これこれ、女子《おなご》、いろいろ取り揃えて、これへ出せ」
 お袖は知らぬ顔をしていた。喜兵衛は癪《しゃく》にさわった。
「此の女めは、何をうっかりしておる、早く出さぬか」
 お袖がやっと顔をあげた。
「あなたは、高野《こうや》の御家中《ごかちゅう》でござりますね」
「さようじゃ」
「それなれば、売られませぬ」
「なんじゃと」
「御意《ぎょい》にいらぬ其の時には、どのような祟《たたり》があるかも知れませぬ、他でお求めになるがよろしゅうございます」
 尾扇が喜兵衛の後からぬっと出
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