云う質屋の手代の庄七《しょうしち》が、質の流れだと云って洗濯物を頼んで来ているものであった。お袖は気になることがあるのか樒の根をまわすことをやめて、盥の傍へ往き、
「此の衣服《きもの》にはどうも見覚えがある、これはたしかに姉《あね》さんの」
 其の衣服はお岩の着ていたものであるが、お袖はお岩が死んだことを知らないので、そうと断定することができなかった。直助がそこへ帰って来た。
「これ、日が暮れかかったのに、干物《ほしもの》を入れねえか」
 直助が家へ入るのでお袖は追って入った。
「米屋さんが米を持って来たから、後《のち》までと軽《かる》う云っておいたよ」
「そうか」そして考えついて叺《かます》の莨入《たばこいれ》から彼《か》の櫛を出して、「此の櫛なら、いくらか貸すだろう」
 お袖はそれを見て驚いた。
「おや、その櫛は、そりゃ何処で拾ったのです」
「二三日前に、猿子橋《さるこばし》の下で鰻掻にかかったが、てめえ、何か見覚でもあるのか」
「ある段か、これは姉《あね》さんが、母《かか》さんの形見だと云って、大事にしていた櫛。それに庄七さんに頼まれた彼《あ》の衣服《きもの》と云い、どうしたこと
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