へ落ちた。それはお梅の母親のお弓であった。お弓は伊右衛門に復讐するために、伊右衛門の所在《ありか》をさがしているところであった。お弓は卒塔婆を取りあげた。其の卒塔婆には俗名民谷伊右衛門と書いてあった。それは伊右衛門の母親が殺人の大罪を犯した我が子のために、世間をごまかすために建てたものであった。
「や、戒名《かいみょう》の下に記した此の名は、父《とと》さんと娘を殺した悪人の名、それではもう此の世にいないのか」
 伊右衛門はそれを知った直助にあいずをした。そこで直助はお弓のあいてになった。
「生きてる者に、なんで卒塔婆をたてる、伊右衛門が死んでから、今日でたしか四十九日」
 お弓は無念でたまらないようにした。伊右衛門はそろそろと起《た》って往って、いきなり足をあげてお弓を蹴《け》った。お弓はひとたまりもなく川へ落ちて水音をたてた。直助が感心した。
「なるほど、おまえは、悪党だ」
 伊右衛門はにやりと笑った。
「これもおぬしに習ったからよ」
 此の時長兵衛が頬冠《ほおかむり》してきょろきょろとして来たが、伊右衛門を見つけた。
「民谷氏、此処にござったか」
 名を云ってはいけなかった。
「こ
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