む》きになっているお梅の顔を覗きこんだ。と、お梅が、
「伊右衛門さま、どうぞ末なごう」
と云って顔をあげたが、それはお梅でなく物凄いお岩の顔であった。
「あ」
伊右衛門は傍にあった刀を脱いて斬りつけた。首は刀に従って前へころりと落ちたが、落ちた首はお梅であった。
「やっぱりお梅であったか」
伊右衛門はうろたえて隣の室《へや》へ飛びこんだ。其処には喜兵衛が嬰児《あかんぼ》を抱いて寝ていた。
「喜兵衛殿、たいへんじゃ」
伊右衛門は喜兵衛を起した。それは喜兵衛でなくて嬰児を咬い殺して口を血だらけにしている小平であった。小平は伊右衛門を見た。
「旦那さま、薬をくだされ」
伊右衛門は飛びあがった。
「わりゃ小平め、よくも子供を殺したな」
伊右衛門の刀はまた其の首に往った。同時に首はころりと落ちたが、それはやっぱり喜兵衛の首であった。
「さては、死霊のするしわざか」
其のまわりには青い火がとろとろと燃えていた。
伊右衛門は刀を揮《ふ》り揮り門口へ往ったが、門口の戸がひとりでにがたりと締って出られなかった。
八
隠亡堀《おんぼうぼり》の流れの向うに陽が落ちて、入相
前へ
次へ
全39ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング