宅悦は夢中になっていた。
「たいへん、たいへん、たいへん、お岩さまがたいへんだ。それに、大きな鼠が、猫が」
宅悦は狂人のようになって走った。伊右衛門は訳が判らなかった。
「なんだ、鼠がどうしたのだ。鼠、鼠と云って逃げやがったが、首尾がわるいのか。それでは、彼《あ》の中間|奴《め》を姦夫《まおとこ》にするか」それから内へ入って、「お岩、お岩」
足もとで嬰児が泣きだした。伊右衛門はびっくりした。
「あ、もうすこしで、踏み殺すところじゃ。お岩は何処へ往った、おい、お岩」
其の時また彼《あ》の大きな鼠が何処からともなく走って来て、泣き叫ぶ嬰児に咬みついた。
伊右衛門はすばやく嬰児を抱きあげて、きょろきょろと四辺《あたり》を見た。其処にお岩の死骸があった。伊右衛門は駈けよった。
「や、こりゃお岩が死んでおる」刀を見つけて、「こりゃ小平めの赤鰯《あかいわし》じゃ、そんなら彼奴《きゃつ》が殺したか」
伊右衛門は一方の襖をあけた。其処には小平が昼のままの姿で押しこめられていた。伊右衛門はいきなり小平を引きずり出して、縛《いましめ》を解き猿轡を除《と》った。
「やい、小平、よくもよくも汝《き
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