どうせおれは薄情だ、こんな薄情者にいつまでもくっついてないで、佳《い》い男でも持って、親仁《おやじ》の讐を打ってもらうがいいよ」
 伊右衛門は今夜喜兵衛がお梅を伴れて来ることになっているので、それまでに何とかしてお岩を追いだすようにしなくてはならなかった。お岩は歯をくいしばった。
「何と云う情ないことを、こんな可愛い児まであるに」
「何が可愛い、そんなに可愛けりゃ、くれてやるから伴れて往け。きさまのような不義者《ふぎもの》は、一刻《いっとき》もおくことはできん、さっさと出て往ってくれ」
「何と申します、いつ私が不義をいたしました」
「しらばくれてもだめだ、きさまは彼《あ》の按摩と不義をしているのだ」
「あんまりな、そりゃ、あんまりでござります」
 お岩は泣きくずれた。伊右衛門はふと思い出したことがあった。
「そうは云っても、我鬼《がき》まで出来たことじゃ」きろきろと四辺《あたり》へ眼をやり、落ちている櫛を見つけてそれを取り、「良《い》いものがある、これでも持って往こうか」
 お岩は其の手にすがりついた。
「あ、それは母《かか》さんの、形見の櫛、そればっかりは、どうぞ」
 伊右衛門はじろ
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