りと見た。
「いけねえのか」
「そればっかりは、どうぞ」
お岩は一所懸命であった。伊右衛門はしかたなく櫛を投げだした。
「それじゃ、何か出せ、急に金のいることができた」
出せと云っても金になるような物は、これまで全部持ち出しているのであった。お岩は暫く考えていたが、思いだしたようにして起《た》ちあがった。
「それでは、私の」
お岩は帯を解き、襦袢一枚になって、泣く泣く其の衣服を伊右衛門の前へさし出した。伊右衛門はそれをひったくるようにした。
「これだけじゃ、しょうがない。そうじゃ、蚊帳がある」
お岩はあきれた。
「其の蚊帳を持って往かれては、坊やが」
「我鬼なんかどうでもいい、蚊がくうなら、親のやくめじゃ、追ってやれ」
伊右衛門はさっさと蚊帳をはずして、泣きしずむお岩を尻眼にかけて出て往った。
六
お岩は苦しい体をひきずるようにして、台所から亀裂《ひび》の入った火鉢を出して来た。そして、それに蚊遣りをしかけながら宅悦を見た。
「いくらなんでも、あんまりじゃないか、こんなに蚊がいるのに」
宅悦はお岩の鬼魅《きみ》のわるい顔を避けながらもじもじしていた。
「
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