お岩はそう云いながら蚊帳の裾をめくって出て来た。伊右衛門は其の顔に注意した。お岩の顔は紫色に脹《は》れあがっているうえに、左の瞼《まぶた》が三日月形に突き潰《つぶ》したように垂れていた。それは二目と見られない物凄い顔であった。伊右衛門はさすがに驚いた。
「や、かわった、かわった」
お岩はさっき宅悦が己《じぶん》の顔を見て驚いたと同じように、伊右衛門が驚いたので不思議でたまらなかった。
「私の顔に、何か変わったことでも」
伊右衛門はあわててそれを遮《さえぎ》るようにした。
「な、なに、ちょっとの間に、おまえの顔色がよくなったから、やっぱり彼《あ》の薬がきいたと見える」
お岩は何かしら不安であった。
「顔色がよくなっても、私はなんだか」と云いかけて、急にしんみりして、「もし私が死んでも、此の子のために当分|後妻《のちぞえ》をもたないように頼みます」
お岩は醜くなった眼に涙を浮べた。伊右衛門はかんで吐き出すように云った。
「後妻か、そりゃ持つさ、一人でいられるものか。おまえが死んだら、すぐ持つつもりじゃ」
「え」
「そんなことは、あたりまえじゃないか」
「まあ、なんと云う薄情な」
「
前へ
次へ
全39ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング