さま》は、お岩を殺したな」
「めっそうな、たった今まで、両手も口も結《ゆ》わえられておりましたに」
「それでも、それそれ、両手が動くじゃないか。さあ、云え、なんでお岩を殺した」
「そう云わっしゃるなら、わたしがお岩さまを殺した下手人《げしゅにん》になりますから、どうか彼のソウセイキを」
「べらぼうめ、彼《あ》の唐薬は、さっき質屋へ渡したのだ」
「それでは、あれは、彼の質屋に」
 小平が走って往こうとする後《うしろ》から、伊右衛門は刀を脱いて斬りつけた。
「お岩の仇《かたき》」
 其処へ秋山長兵衛と関口官蔵が入って来た。長兵衛は眼をみはった。「民谷|氏《うじ》、ぜんたいこれは」
 伊右衛門は小平をずたずたに斬りきざんでいた。
「不義者を成敗したのだ」
 伊右衛門はそれから長兵衛と官蔵に頼んで、お岩と小平の死骸を神田川《かんだがわ》へ投げこました。

       七

 伊右衛門は屏風を開けてお梅の傍へ往こうとした。伊右衛門は其の夜遅くなって喜兵衛がお梅を伴れて来たので、祝言の盃《さかずき》をしたところであった。
「どうじゃ、お梅」
 伊右衛門はお梅の枕元へ座って、恥かしそうに俯向《うつむ》きになっているお梅の顔を覗きこんだ。と、お梅が、
「伊右衛門さま、どうぞ末なごう」
 と云って顔をあげたが、それはお梅でなく物凄いお岩の顔であった。
「あ」
 伊右衛門は傍にあった刀を脱いて斬りつけた。首は刀に従って前へころりと落ちたが、落ちた首はお梅であった。
「やっぱりお梅であったか」
 伊右衛門はうろたえて隣の室《へや》へ飛びこんだ。其処には喜兵衛が嬰児《あかんぼ》を抱いて寝ていた。
「喜兵衛殿、たいへんじゃ」
 伊右衛門は喜兵衛を起した。それは喜兵衛でなくて嬰児を咬い殺して口を血だらけにしている小平であった。小平は伊右衛門を見た。
「旦那さま、薬をくだされ」
 伊右衛門は飛びあがった。
「わりゃ小平め、よくも子供を殺したな」
 伊右衛門の刀はまた其の首に往った。同時に首はころりと落ちたが、それはやっぱり喜兵衛の首であった。
「さては、死霊のするしわざか」
 其のまわりには青い火がとろとろと燃えていた。
 伊右衛門は刀を揮《ふ》り揮り門口へ往ったが、門口の戸がひとりでにがたりと締って出られなかった。

       八

 隠亡堀《おんぼうぼり》の流れの向うに陽が落ちて、入相
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