らなかった。
「今晩、遅く皆さんが寝静まった時に、花園の中の、あの石のある処へいらして、そこの樹へ索《なわ》を結《ゆわ》えて、その端を牆《へい》の外へ投げてくださるなら、あの方がすがってあがりますよ」
「では鞦韆《ぶらんこ》の索を投げましょうか、あすこに大きな樹があるから、それを結えましょうか、牆からあの樹を伝うなら、わけなくこられるのですよ、でも、あの樹は枯れかかってるからあぶないのですよ」
「いいでしょう、そんなことは、男の方ですから」
そこで話ができたので老婆は帰ろうとした。秀英はそこへ繍鞋児《くつ》を出してきた。
「これをどうか、あの方に、ね」
老婆は詩と繍鞋児を袂へ入れ荷物を持って帰ってきた。
老婆の店に待っていた世高は、両手で拳をこしらえて耐えなければ、気でも違いそうに思われるような喜びに包まれた。彼は一度家へ帰って、夜になるのを待ち、新しい衣服《きもの》に著更えて再び老婆の許へ往った。
老婆は時刻をはかって世高を裏門口へ伴《つ》れて往った。そこには青白い月の光があった。二人はその光に映しだされないようにと暗い処へ身を片寄せていた。
微な物音がして索の端が劉家の
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