も神経をいらだたせるようなことはなかったが、それでいて物事が面白くなかった。
「やっぱり、俺は体のせいだ」
 光長はそう云うことを思うのも苦しくなって、坐っているのが億劫になって来たので、盃を置くなり、体をごろりと横に倒して、左の手に頭を支えながら庭の方へ顔を向けた。涼しい風がもそりもそりと動いて来た。光長は気もちが好かった。
「好い気もちだ」
 暗かった庭が次第に明るく見えて来た。芒の穂の縞目がはっきり見えるような気がして、光長はその芒の叢に眼をやっていた。と、強い風が吹いて来たようにそれがさわさわと動きだした。犬か猫かなにかそうした物が寝ているのではないかと思って、じっと眼を据えたところで、その中から這いでて来たように一人の少年が起ちあがって、それが此方《こっち》の方へ向いて歩いて来た。十二三に見える痩せた男の子であった。光長はすぐ彼《あ》の少年は盗人に来たに違いないから、もすこし見届けたうえで、もし盗人であったら酷い目にあわした後に将来を戒めてやろうと思った。光長は咳《しわぶき》もしないようにして見ていると、少年はすぐ立ちどまって、後の方を見るようにした。ついすると他の大人の盗人
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