光長はちょと顔を左のほうへ向けた。其処には切灯台の微《うす》紅い灯《ひ》がほっかりと青い畳の上を照らしていたが、その灯の光に十五六に見える細長い顔をした女《め》の童《わらべ》の銚子を持った姿をうつしだしていた。
「おお、酒を持って来たか、其処へ置くが好かろう」
女の童は静に傍へ寄って釆て、口の長い素焼の銚子を光長の前へ置くなり、黙って引きさがって往った。
光長は思い出したように空になった瓦盃の銚子の酒を注《つ》いだが、注いだなりにそれを持つのが如何にも大儀だと云うような容《さま》をして見詰めていた。庭の何処かで虫の鳴くのが聞えて来た。光長はそれを聞くともなしに聞いていたが、手許が淋しくなったので、やるともなしに瓦盃に手をやって、今度はひと思いに口の縁へ持って往って、飲んで見ると気もちが宜いから一口に飲んでしまった。
光長の頭はみょうに重どろんでいた。何を考えるにも億劫で、それで何もかも面白くなくて、己《じぶん》の存在を持てあましているとでも云うような状態にあった。しかし、光長にはこれと云う不平があると云うわけではなかった。公のことも家庭のことも、皆彼の思うようになっていて、すこし
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