、どうか、暫く此処でお休みください、申しあげてまいりますから」
痩せた男は体を片寄せて杜陽の入るのを待っていた。
「そうですか」
杜陽は不思議でたまらなかったが、痩せた男が自分の入るのを待っているので立っているわけにもゆかなかった。彼はそのまま内へ入ったが依然としてその意味は判らなかった。
「どうぞ、暫く此処でお休みくださいませ」
痩せた男は其処にある牀《こしかけ》に手をさしながら内の方へ顔を向けて言った。
「婆さん、婆さん、早く来てくれ、お客さんがいらしたのだよ」
杜陽は牀に腰をかけた。
室《へや》の一方の扉が開いてずんぐりした年取った女が入ってきた。
「お客さんがいらしたから、俺は旦那様に申しあげてくる、それまでお前は、お客さんのお相手をするがいい、いいか、そそうのないように気をつけろよ」
痩せた男は女房と擦れ違うようにして外へ出て往った。杜陽はその女にこの家のことを聞いてみようかとおもったが、みょうに口が渋って詞《ことば》が出なかった。しかし、この不思議な自分が壑底に墜ちるのを待っていたという一家の素性を、どうかして知りたいという欲望は、火のように熾烈《しれつ》を極め
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