ていた。彼はふと此処は人間界でなくて、人がよくいう仙境か何かではあるまいか、それでなくて自分が此処へくることまで判っているはずはないと思いだした。それにしても、いかにも珍客を待ちかねているようにしているのは、どういうわけであろうかと彼はまた思った。
 扉が開いて※[#「糸+逢のつくり」、29−11]紗燈《ほうしゃとう》を持った少年を伴《つ》れて痩せた男が入ってきた。燭《ともし》の燈は杜陽の眼にひどくきれいに見えた。
「どうもお待たせいたしました。旦那様が、お待ちかねでございます、さあどうぞ、此方へおいでくださいますように」
 痩せた男は急いできたと見えて呼吸《いき》をはずましていた。
「そうですか、旦那はどうした方ですか」
 杜陽は起ちながら言った。
「いらしてくださいますなら、すぐお判りになります、さあどうぞ」
 痩せた男と※[#「糸+逢のつくり」、30−2]紗燈の少年が往きかけるので、杜陽は随《つ》いて往ったが気がわくわくしておちつかなかった。
 朱塗の門を入ると大きな建物がきた。それは王侯の邸宅といってもいい建物で、柱にも楹《たるき》にもいちめんに彫刻のしてあるのが見られた。其処
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