いて起きあがるなり、夜叉がそのあたりにいはしないかと思って見まわした。しかし、夜叉の姿はそのあたりに見えなかった。夜叉は仏の威光に恐れて寺の中などへこないだろうかと思った。
 大異は夜叉の見ていない所から逃げようと思って、そこを離れようとしたが、自分を弄んだために禍を※[#「てへん+綴のつくり」、262−1]《と》った仏像のことを思いだしたので、ちょっとそれを見返って言った。
「この胡鬼《ほとけ》奴《め》、ふざけた真似をしやがるから、罰があたったのだよ」
 大異はそのまま簷下《のきした》へ出て月の下を透して見た。そこにも夜叉の姿が見えなかった。夜叉はやはり寺が怖いので逃げたものだろうと思った。
 大異は寺から見当をつけて前へ前へと歩いた。その往っている方向に当って、月の陰になったように暗い所があって、そこから燭《ひ》の光がきらきらと光っているのを見た。大異ははじめて人間の世を見つけたような気がしたので、夜叉への用心も忘れてその方へ急いだ。
 燭の光の中に数人の人の動く影が見えた。その人びとは酒宴《さかもり》でもしているような容《ふう》であった。大異はその人びとの側に一刻も早く往きたかっ
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