が、※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]い終るとそのまま木の下へ倒れるように寝てしまった。
 その夜叉の鼾《いびき》の声が聞えてきた。大異はこの間に逃げなくてはいけないと思った。大異は夜叉と頭をなくして倒れている死骸の方をつらつらと見た後で、そろそろと木をおりた。夜叉の鼾は林の中へ響きわたるように聞えていた。大異は跫音のしないように夜叉の枕頭《まくらもと》を通って、すこし往ったところで走りだした。
 大異は野の明るい所を選んで足の向くままに走った。百足ばかりも往ったところで、後の方で物の気配がした。大異は走りながらちょっと後の方を見た。かの夜叉が赤い大きな口を見せて追っかけてくるところであった。大異ははっと思って死力を出して走ったが、このままでは夜叉に追っつかれるので木へあがろうと思って、ちかちかする眼をせわしく動かして前の方を見た。五六本の木立があって、その下に家の屋根のような物が見えた。大異は喜んでその方へ走った。
 簷《のき》の傾いた荒寺が草の中に立っていた。夜叉の喘《あえ》ぐ呼吸《いき》づかいがすぐ背後《うしろ》で聞えた。大異はそのまま荒寺の中へ入って往った。
 一条の月
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