思う間もなく烈しい雷の音が頭の上でした。
 大異は雨に濡れないように後頭をぴったり木の幹へくっつけた。横になっていた死骸が不意にむくむくと起きて、それが大異を見つけたようにして走りかかってきた。大異はこうしてはいられないとおもったので、そのままそこの木へのぼって往った。雨はざあざあと音を立てて降っていた。
 大異は梢の高い所へ往ったが、ここなればいいだろうと思ったので、うまく足のかかった枝を足場として、下の方を透して見た。暗い雨の中でも不思議にはっきり見えている死骸の一つは、土蜘《つちぐも》の足のような長い片手をこちらへ指して大声を出して何か罵っていたが、あわてている大異の耳には入らなかった。一つは鴉の嘴《くちばし》のような口をこちらへ向けて差し出すようにして立っていた。一つは坐っていたがその長い足が青がらすのように透き徹って見えた。
「あがれ、あがれ、あいつを逃がしたら大変だ」
「今晩のうちに、あいつを取らないと、俺達がひどい目に逢わされる」
「何人《たれ》か、あがれ、あがれ」
「あいつを逃がしたら、俺達に咎がある」
 大異はあがってこられたら大変だと思った。彼は油断せずに死骸の行動
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