聞えてきた。心に余裕のある大異は、うっとりとそれらの声を聞きながら食事をしていた。
 頭の上の方で騒がしく鳴いていた鴉が、急に枝葉をかさかさいわしながらおりてきはじめた。五羽、十羽、二十羽。それが鳴きながら一方の跂《あし》だけで地べたをとんとんと飛ぶのもあれば、羽ばたきをしながら走るのもあって、それが大異の周囲をぐるぐると廻りだした。
 鴉はみるみる数百羽になって、かあかあ、があがあと何か事ありそうに叫びながら廻った。大異はもう食事するのを輟《や》めていた。不思議な鴉の容子を見ていた大異の眼は、すぐ左の方の鴉の群の廻っている所に、四つばかり干からびた死骸のあるのを見つけた。大異は今までなかったものであるのに、どういうものだろうと思って、やるともなしに右の方へ眼をやった。と、そこにも五つばかり死骸のあるのが見えた。大異はなんだか気になってきたので、自分は夢でも見ているのではあるまいかと思った。
 冷たいしめっぽい風が枝葉に音をさして吹いてきた。大異が気が注《つ》いて顔をあげたところで、大粒の雨がばらばらと落ちてきた。大異は驚いて顔をひいた。白いぎらぎらする光が林の中をかっと照らした。と、
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