の光が朽ち腐れて塵の中に埋れている仏像などを照らしていた。大異はどこか隠れる所はないかと思って注意した。壇の上に仁王《におう》のような仏像が偉大な姿を見せていた。大異は壇の上へ飛びあがって、その仏像の背後《うしろ》へ往った。仏像の背には人の入れるような穴が鑿《ほ》ってあった。大異は身を屈めてその中へ這い込んで往った。
その穴は仏像の腹の所で拡がっていて、体を置くにはちょうどよかった。大異はここにおれば大丈夫だろうと思って、やや安心しながら穴の口へ注意していた。と、仏像の腹を外から木のような物で叩く音がした。
「あいつは、つかまえようとしてもつかまえられないが、俺はつかまえようともしないのに、むこうからつかまりにきたぞ」
それは仏像が両手で腹つづみを拍《う》って嘲笑っているのであった。
「今晩は好い点心《てんしん》にありついた、斎《とき》はいらないぞ」
仏像は背延びをするようにしてのろりのろりと歩きだしたが、十足ばかり往ったところで閾《しきい》に礙《ささ》えられたようにひっくり返って大きな音をさした。仏像はそれがために砕けてばらばらになって、大異は外へ放り出されてしまった。大異は驚いて起きあがるなり、夜叉がそのあたりにいはしないかと思って見まわした。しかし、夜叉の姿はそのあたりに見えなかった。夜叉は仏の威光に恐れて寺の中などへこないだろうかと思った。
大異は夜叉の見ていない所から逃げようと思って、そこを離れようとしたが、自分を弄んだために禍を※[#「てへん+綴のつくり」、262−1]《と》った仏像のことを思いだしたので、ちょっとそれを見返って言った。
「この胡鬼《ほとけ》奴《め》、ふざけた真似をしやがるから、罰があたったのだよ」
大異はそのまま簷下《のきした》へ出て月の下を透して見た。そこにも夜叉の姿が見えなかった。夜叉はやはり寺が怖いので逃げたものだろうと思った。
大異は寺から見当をつけて前へ前へと歩いた。その往っている方向に当って、月の陰になったように暗い所があって、そこから燭《ひ》の光がきらきらと光っているのを見た。大異ははじめて人間の世を見つけたような気がしたので、夜叉への用心も忘れてその方へ急いだ。
燭の光の中に数人の人の動く影が見えた。その人びとは酒宴《さかもり》でもしているような容《ふう》であった。大異はその人びとの側に一刻も早く往きたかった。大異は足よりも心の方がさきになって往った。
人びとの面白そうに話す声が聞えてきた。大異はもうその人びとといっしょになったように思って、とかとかその側へ寄って往った。そして、大異はそこでまた恐ろしいものを見た。それは頭のない者や、頭があれば手の一本か足の一本かがないような者ばかりが集まっているところであった。大異はまた厭なものを見たと思ったので、そのままその傍をそれて走った。
背後の方から怒り罵る声が聞こえてきた。
「そいつを逃がすな、つかまえろ」
「俺達が飲んでいる所へ、やってくるとは大胆な奴じゃ、つかまえて脯※[#「裁」の「衣」に代えて「肉」、263−2]《しおから》にしろ」
「つかまえろ、逃がすな、俺達の邪魔をした奴じゃ」
背後からばらばらと飛んでくる物があった。それは人の骨のような物もあれば、牛の糞のような物もあった。大異は走りながらちらと背後に眼をやった。自分の物であろう片手に頭を持った頭のない者が、前にたって追っかけてきていた。
大異は一生懸命になって走った。小さな川の流れがすぐ前にきた。水は月の光を受けてちらちらと光っていた。大異は橋などを尋ねる暇がないので、そのまま水の中へ走り込んで、全身をずぶ濡れにしながらやっと前方《むこう》の岸へあがった。
怪しい者たちは川の手前で罵り叫ぶだけで、水を渡ってくるらしい形勢がなかった。大異はそれでも走るのを止めなかった。二三町も往ったところで、諠譁《さわぎ》の声がますます遠くなったので、やっと立ち停まって背後の方を見た。怪しい者たちの姿はもう見えなかった。
月が不意に入って四辺《あたり》が急に真暗になってしまった。大異は驚いて歩いた。そこには深い深い坑《あな》があった。大異の体はその中へ堕ちてしまった。
冷たい厭な物が骨にまで浸みたように思って大異は我に返った。そして、眼を開けて四辺を見ようとした。小沙《こずな》のような物が入っていて開けるのが痛かった。それでも強いて耐えて開けたところで、数個の恐ろしい者に取り囲まれていた。額の左右に角のある赤い髪の者、青い髪をして翼の生えた者、鳥の喙《くちばし》のような口をして※[#「けものへん+僚のつくり」、264−2]牙《きば》の生えた者、牛のような顔をした者、それらは皆|藍※[#「靜のへん+定」、第4水準2−91−94]《あいいろ》の体をして、口から火のよう
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