もうとおりにならないことであった。曾はそこで今こそその思いをとげることができると思って、頭だった数人の僕《げなん》をやって、無理にその家へ金をやった。女はすぐ籐の輿に乗って曾の許《もと》へ来た。それは昔見た時と較べて一段の艶を増していた。曾はもう自分が望んでいたことでその望みの達しられないものはなかった。
数年したところで、朝廷の官吏の中に窃《ひそか》に曾の専横を非議する者があるようであったが、しかし、それぞれ自分のことを考えて口に出すものはなかった。曾もまたおもいあがって、それに注意しなかった。龍図学士包《りゅうとがくしほう》という者があって上疏した。その略には、
「窃におもんみるに曾某は、もと一飲賭の無頼、市井の小人、一言の合、栄、聖眷《せいけん》を膺《う》け、父は紫《し》、児は朱《しゅ》、恩寵極まりなし。躯《からだ》を捐《す》て頂を糜《び》し、もって万一に報ずるを思わず、かえって胸臆《きょうおく》を恣《ほしいまま》にし、擅《ほしいまま》に威福を作《な》す。死すべきの罪、髪を擢《ぬ》きて数えがたし。朝廷の名器、居《お》きて奇貨をなし、肥瘠《ひそう》を量欠《りょうけつ》して、価の重
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