、崑を敲《たた》いて神にあやまったが、幸いに禍をくだしもしなければ、またひっそりとして何の音さたもなかった。
一年あまりして崑は十娘のことを念《おも》うて、ひどく自分で後悔した。そっと蛙神の祠へ往って、十娘をかえしてくれと泣くように言って祷ったが、ついに返辞がなかった。間もなく神が十娘を袁氏《えんし》へめあわすということが聞えてきたので、崑はがっかりした。そこで他の家から嫁を迎えようと思って、数軒の家の女を見たが十娘におっつく者はなかった。崑はそこでますます十娘を思うて、往って袁の家を探した。袁の家では、壁を塗り庭を掃除して、十娘の輿入れの車のくるのを待っているところであった。
崑は心に愧じるとともに腹も立って自分で押えることができなかった。そこで食事もよして寝込んでしまった。両親は心配してあわてたが、どうしていいか解らなかった。と、睡っている崑の体をさすって、
「男がしきりに、離縁しようとしながら、この態《ざま》はなんです」
と言う者があった。目を開けてみると十娘であった。崑は喜びのあまりにとび起きて言った。
「おまえ、どうして来たのだ」
十娘が言った。
「あなたが軽薄なとりあつかいをなさるものだから、両親の言いつけで他へ往くことにして、袁家の結納を受けたのですけど、私どう思っても往かれないのです、それに往く日が今晩でしょう、お父様は結納をかえす顔がないのですから、私が自分で持って往って返してきたのです。ちょうど門を出ようとする時、お父様が走って送ってきて、馬鹿、わしの言うことを聴かないと、後に薛家からひどい目にあわされるぞ、たとい死んでも、帰ってきてはならないぞとおっしゃったのです」
崑は十娘の義に感心して涙を流した。家の人は皆喜んで、奔《はし》って往って両親に知らした。母親はそれを聞くと朝になるのも待たずに、奔《はし》って児の室へ往って、十娘の手を執って泣いた。
それから崑生もまたおとなしくなって、悪いいたずらをしなかった。そこで二人の情交はますます篤くなった。十娘は言った。
「私はせんに、あなたが軽薄で、のちのちまで添いとげられないと思ったのですから、自分のたねをこの世に残すまいと思ってましたが、今ではもう、心配することもありませんから、私は児を生みます」
間もなく蛙神夫婦が朱の袍《うわぎ》を着てその家に姿を見せた。翌日になって十娘は産蓐《さん
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