ってきて母の顔に涙の痕のあるのを見つけて、問いつめてその事情を知ったので、怒って、十娘を責めた。十娘は言いかえしをして負けてはいなかった。そこで崑は、
「妻をもらって親をよろこばすことができないなら、ないほうがいい、老いぼれ蛙に怒られたって、災難を受けて死ぬまでだ」
 と言ってまた十娘を出した。十娘はすぐに出て往ったが、翌日になって崑の家は母屋から火が出て幾棟かに延焼し、几案《つくえ》牀榻《ねだい》、何もかも灰になってしまった。崑は怒って蛙神の祠へ往って言った。
「女を養うて姑に仕えさすことのできないのは、家庭の教えがないというものだ、あんな女の道を知らない者をかばうとは何ごとだ、神は至って公平なものじゃないか、人に妻を畏れさすようにするとは何ごとだ、それにさ、夫婦の喧嘩は、皆俺のしたことで、両親の知ったことじゃない、罪があるなら俺に加えるがいい、それを両親のいる家を焼くとは何ごとだ、俺も汝《きさま》の家を焼いて讐をうってやる」
 言いおわると薪を持って神殿の下へ入って、火を点《つ》けようとした。土地の人が集まってきて、どうか焼かずにおいてくれと泣くように言って頼むので、崑は火を点けることをやめて怒りながら帰ってきた。両親はそのことを聞いて、ひどく懼れて顔色を失った。
 夜になって蛙神が近村の人びとの夢にあらわれて、崑の家をつくってくれと言ったので、村の人は夜が明けると、材木を運び、大工を集めて、崑のために建築にとりかかった。崑は辞退したが、止めなかった。毎日数百人の人が道に溢れて手伝いに来たので、幾日もたたないうちに新しい第舎《やしき》ができて、一切の道具がととのった。そして後かたづけが終ったところで、十娘が帰ってきて、堂へ入って、やさしい言葉であやまった後で、崑の方を振り向いて、にっと笑った。
 一家の者は怨みを忘れて喜んだ。十娘はそれから性質がますます穏やかになって、二年の間はなにもいうことがなしにすぎた。十娘は一ばん蛇をきらっていた。崑はいたずらに小さな蛇を函の中へ入れて、十娘をだましてその函を啓《あ》けさした。十娘は顔色を変えて怒って、崑を罵った。崑もまた笑っていたのがかわって嗔《いかり》となった。二人は互いに悪口を言いあった。十娘は、
「こんどは、あなたに出されるまで待ちません、どうか離縁してください」
 と言ってとうとう出て往った。薛老人はひどく恐れて
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング