待合の帰りらしい二人の若い男が来たが、その二人の眼は哲郎の方へぢろぢろと注がれた。彼はきまりがわるかつた。
「此方よ、」
女の小さな声がした。女は狭い狭い路次を入つた。哲郎は暗い所で転ばないやうにと足許に注意しいしい往つた。左の方はトタン塀になつて、右側に二階建の長屋らしい家の入口が二つ三つ見えた。
「黙つてついてゐらつしやい、」
女は其処の入口の雨戸をそうと開けそれから格子戸を開けて入つた。哲郎も続いて入つたが、下の人に知れないやうにと咳もしなかつた。
あがり口の右側に二階の梯子段が薄らと見えてゐた。哲郎は女に押あげられるやうにされてあがつて往つた。
上には青白い灯の点いた六畳の室があつた。室の中には瀬戸物の火鉢があつて、それを中に二枚の蒲団が敷いてあつた。向ふの左隅には小さな机があつて、その上に秋海棠のやうな薄紅い草花の咲いた鉢を乗せてあるのが見えた。
「穢い所よ、」
女は後の障子を締めて入つて来た。哲郎は立つてインバのボタンをはづしてゐた。
「お座りなさいましよ、」
女は襟巻を机の上へ乗せて、その方を背にして一方の蒲団の上に坐つた。哲郎もインバを足許へ置いてから、女と
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