ぶらと歩いてるんです、どうです、一緒に散歩しませんか、すこし遅いことは遅いが、」
 女は電柱を離れて寄つて来た。黒い眼と地蔵眉になつた眉とがきれいであつた。
「あなたは、どちらです、遠いんですか、」
「近いんですよ、」
「どうです、散歩しませんか、どつか暖い物をたべる家でも好いんですが、」
「さうね、でも、もう遅いから、私の家へまゐりませう、」
「往つても好い、構はないんですか、」
「私、一人ですから好いんですよ、」
「下宿でもしてゐるんですか、」
「間借をしてゐるんですよ、二階の、屋根裏の穢い所よ、」
「結構ですな、」
 もう女は歩きだした。哲郎は何かたべ物でも買つて往きたいと思ひだしたが、さて何を買つて好いやら、この夜更けに何があるものやらちよと思ひだせなかつた。
「何か買つて往きませうか、たべる物でも、」
 女は顔を此方に向けた。
「もう何も売つてやしませんわ、好いでせう、家へ往きや何かつまらん物がありますから、」
「さうですか、」
 哲郎は怪しい女の生活を思ひ出してキユーラソー位はあるだらうと思つた。彼はもう何もいはずに女に随いて歩いた。
 女は其処の横町を左へ曲つた。向ふから
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