といふ女の肥つた肉体もその中に交つてゐた。それ等の女の肉体は電車の動くたびに動くやうな気がした。
客のすくない電車の中は、放縦なとりとめもないことを考へるには都合がよかつた。彼の頭の中には細つそりした小女の手首の色も浮んで来た。
「……黒門町、」
哲郎は夢から覚めたやうに眼を開けて先づ自分といふ物に注意してから、今度は車の前の方へ眼をやつた。さうして彼は次に来る広小路を乗りすごさないやうにと思つた。
ちよと車体に動揺を感じて、それがなくなつたところですぐ停つてしまつた。電車はもう広小路へ来てゐた。哲郎はすぐ起つておりた。他にも二人の客がその後からおりて来たが、物の影の走るやうに彼の傍を通り抜けて電車の前を横切り、大塚早稲田方面の電車の停まる呉服店の角の方へと走つて往つた。
哲郎は薄暗い中に立つてゐた。風のない空気の緩んだ街頭はひつそりとして、物音といつては今彼を乗せて来た電車が交叉点を越へて上野の方へと走つてゐる音だけであるが、それさへ夢の国から来る物音のやうに耳には響かなかつた。四辻の向ふ角になつたカフエーのガラス戸が開いて、二三人の人影が中からによこによこと出て来たが其処に
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