誌を編輯してゐる文学者の話した、某劇場の前にゐた二人の露西亜女の所へ往つて、葡萄酒を沢山飲まされて帰つて来たといふ話を思ひだした。と、発育しきつた外国婦人の肉体が白くほんのりと彼の眼の前に浮ぶやうに感じた。
(銀座の某店の前で、ステツキを売つてゐる婆さんに、ステツキを買ふふりをして訊くと、女を世話してくれる、)
何時も話題を多く持つてゐる若い新聞記者の話したことが浮んで来た。そこで彼は、そのステツキを売つてゐるといふ老婆に興味を感じて、某処に頭をやつたとこで、時間のことが気になつて来た。彼はカツプに手をやつたなりに顔をあげた。
時計は十二時に十五分しかなかつた。彼は自分の物足りなさを充たしてくれる物は、上野の広小路あたりにあるやうな気がした。彼はすぐ広小路まで帰らうと思つた。さう思ふとゝもに、彼の頭の一方に雨の日の上野駅の印象が浮んだ。その印象の中には赤い柿の実が交つてゐた。彼はその印象をちらちらさしながら勘定のことを考へた。
「おい、勘定、」
カツプにすこし残つてゐたソーダ水を割つたウイスキーを口にしながら上野駅の印象の続きを浮べてみた。雨に暮れかけた上野駅では東北の温水町から
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