箱に手をやつた。と、今まで気が注かなかつた天井から垂れてゐる青いワナになつた紐がちらと眼に注くとゝもに、それがふはりと首に纏はつた。彼は左の手でそれを払のけやうとしたところで、凭れかゝつて来た女の体に石のやうな力が加はつて、彼の体を崩してしまつた。彼は唸り声を立てた。
哲郎が意識を回復した時には、薄暗い枕頭に二人の男が立つてゐた。
「お前さんは何んだね、此処へ何しに来たんだね、」
哲郎は女に連れられて下の人に知らさずにそつと来てゐることに気が注いた。彼はかうなれば女に弁解して貰ふより他に手段がないと思つた。彼は起きて四辺を見たが女の姿は見えなかつた。
「此処にゐる女の方と一緒に来たんですが、何処へ往つたんでせうか、」
「此処にゐるつて、此処には何人もゐないが、何人にも貸してないから、」
「おかしいな、私は其処の蕎麦屋の前で一緒になつて、やつて来て、棚に酒があるといつて、女が取らうとしたが棚が高くて取れないから、私が取つてやらうとすると、女が凭れかゝつて来る拍子に、其処の天井からさがつてる青い紐が首へかゝつて、それつきり知らなくなつたんですが、」
哲郎は棚の方を見た。紐もなければ
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