案《つくえ》の上に硯や筆が備えてあった。陳はとうとうその巾に詩を題した。

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雅戯《がき》何人《なんびと》か半仙に擬する
分明なり瓊女《けいじょ》金蓮を散ず
広寒隊裏《こうかんたいり》応《まさ》に相《あい》※[#「女+戸の旧字」、第3水準1−15−76]《ねた》むべし
信ずるなかれ凌波《りょうは》便《すなわ》ち天に上るを
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 詩ができると陳はそれを口にしながら出て、はじめの径《みち》から引返して往った。門の扉はもうぴったりと締っていた。陳はこまってしまった。そこで建物から建物を探して出口を見つけようとしたが見つからなかった。一人の女が不意に入ってきたが、びっくりして訊いた。
「どうして此所へいらしたのです」
 陳は礼をして言った。
「路を間違えてまいりました、どうか助けてください」
 女は訊いた。
「紅い巾を拾わないでしょうか」
 陳は、
「拾いました、それに、それをよごしました」
 と言って、巾を出した。女はそれを受け取ってひどく驚いて言った。
「それは大変です、これは公主のお持ちになるものです、これをこんなにいたずらしては大変です」

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