を解いて食物を分けてくれて、そして注意した。
「遠くの方へさけなくちゃいけない、車駕《しゃが》を犯すと死刑になるからな」
陳は懼《おそ》れて従僕を伴れて山を走りおりた。山の麓の林の中に宮殿のような建物がちらと見えた。陳は寺だと思ったので、その方へ歩いて往った。周囲に白亜の垣をめぐらした建物で、渓《たに》の水が流れ、朱塗の門が半ば啓《あ》いて、それには石橋が通じていた。門の扉にのぼって中を窺いた。それは大小の建物が雲に聳えて王宮の庭のようであった。陳はそこでまたこれは貴族の庭ではなかろうかと思った。
陳はためらいためらい入って往った。花の咲いた藤が一面に這うて、花の香がむっと匂うてきた。曲欄《きょくらん》を幾まがりか折れて往くとまた別の庭があって、枝を垂れた数十株の楊柳が高だかと朱の簷《のき》を撫でていた。そして名も知れぬ山鳥が一鳴きすると花片《はなびら》が一斉に散った。奥深い花苑には微かに風が渡って、楡《にれ》の実がひとりでに落ちた。それは目を悦《よろこ》ばし心を愉快にするところで、どうしても人間の世にある庭ではなかった。
陳はその庭を通って小さな亭《ちん》の傍《そば》へ往った。
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