かすかに聞えていた。水の上には霞がかかってあるかないかの波が緩《ゆる》く画舫にからんでいた。その時美しい女があってその画舫の窓を啓《あ》けてそこに憑《もた》れながら四辺《あたり》を眺めた。梁は画舫の中へ目をやった。一人の少年が股《あし》を重ねて坐り、その傍に十五六の美しい女がいて、少年の肩をもんでいた。梁は楚の襄王《じょうおう》のような貴人であろうとおもったが、それにしては従者がひどくすくなかった。梁は眸を凝らしてじっと見た。それは幼な友達の陳明允であった。
「陳君じゃないか」
 梁は覚えず体を舟の欄《てすり》に出して大声に言った。陳は梁の呼ぶ声を聞いて、棹を罷《や》めさして水鳥の象《かたち》を画いた舳に出て、梁を迎えて舟をやった。舟の中には喫いあらした肴が一ぱいあって、酒の匂いがたちこめていた。陳はすぐ言いつけてそれをさげさしたが、間もなく美しい侍女が三五人来て、酒をすすめ茗《ちゃ》を烹《に》た。そこに山海の珍味が並べられたが、まだ一度も見たことのないものであった。梁は驚いて言った。
「十年見ざるまに、どうしてこんなに富貴になったかね」
 陳は笑って言った。
「君は依然として窮措大《
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