きゅうそだい》だね、まだ世に出ることができないね」
 梁は言った。
「さっき、君と酒を飲んでいたのは、何人だね」
 陳は言った。
「僕の家内だよ」
 梁はまたそれを不思議に思った。梁は言った。
「一家を伴れて何所へ往くのだ」
 陳は言った。
「西の方へ往こうとしているのだ」
 梁は再び訊こうとした。陳は急に侍女に命じて歌を歌って酒をすすめさした。陳の一言が畢《おわ》るか畢らないかに、音楽の声が舟をゆるがすように起った。歌の声と笙や笛の音が入り乱れて騒がしくなって、もう話も笑声も聞くことができなかった。梁は美しい女が[#「女が」は底本では「女を」]前に満ちているのを見て、酔に乗じて言った。
「明允公、僕に一人美人を贈らないかね」
 陳は笑って、
「足下は大いに酔ったな、しかし、いいとも、一人の美しい妾を買う金を昔のよしみに贈ろう」
 と言って、侍女に命じて明珠を一つ持ってこさして、梁に贈った。
「緑珠でも購《あがな》えないことはないよ」
 そこで陳は梁に別れをうながして言った。
「すこし忙しいことがある、旧友と長くいっしょにいられないのは残念だ」
 梁を送って舟に返し、もやいを解いて往っ
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